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再び膝痛

こんにちは。運動音痴な管理人Fumeiです。

初フルマラソンを無事完走して、しばらくは興奮で身体の状態も絶好調だったのですが、それは大会10日後に練習を再開した時に発覚しました。

歩いても全然痛くなかった膝が2、3歩走りだした途端、猛烈な痛みに襲われたのです。

これはまずいと思い、即、練習を中止したのですが、今度は歩くのも痛くなってしまいました。

しかし、1週間安静にしていたら走れる程度の痛みになってきたので、以前から申し込んでいたランニングイベントに参加しました。

普通ならキャンセルするところですが、今回に限って有料のイベントだったので、無理して参加したのが悪化の原因でした。

その日はちょっと無理したなぁという程度だったのですが、次の日からストレッチもできない程の痛みを感じるようになり、伸ばしても曲げても痛くて、腫れを感じるようになりました。

とりあえず、アイシングして様子を見ましたが、相変わらずストレッチもできないほどの痛みでした。

そこで病院に行くと、前回は注射は適用でなかったけど、今回は痛みがピンポイントなので、ブロック注射を試してみることになりました。

ブロック注射から3日後、少しマシになった程度であまり症状は変わらず・・・。やっぱりストレッチしても痛みます。

どうしたものか・・・。そんな時に出会ったのがテニスボールの膝痛改善法でした。

ある番組で紹介されていた家庭でできる簡単な膝痛改善の方法だそうです。

仰向きに寝転んで、片足を上げます。片膝裏の奥にテニスボールを挟んで、そのまま膝を曲げて、膝裏で挟み込みます。手で支えながら30秒、もう片方の足も30秒、で1セット。これを朝昼晩1セットずつ行います。

これをやることによって、膝の関節を広げてやり、痛みが改善されるのだそうです。また、骨や関節に異常がない限り、ほとんどの膝痛の人に効果があるとのこと。

そういう訳で藁をもすがる思いで朝昼晩やってみました。すると・・・

3日で治りました!!

本当は3日かかったかどうかも分からないのですが、テニスボール膝痛改善法を始めて3日後に、遅刻しそうになって猛ダッシュしたのに痛くなかったのです。不思議に思ってちょっとジョグしてみても痛くなし。もちろんストレッチしても痛くありません。

これは凄い!!いや、もしかするとブロック注射のおかげかもしれませんが、実は注射していないもう片方の足もちょっとだけ膝が痛かったのですが、そちらも治りました。

結局、それから現在もまったく痛みは出ていません。

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初フルマラソン後に分かったこと

こんにちは。運動音痴な管理人Fumeiです。

2014年3月に初めてフルマラソンを完走しました。

後脛骨筋腱炎からの膝痛と戦いながらの練習でしたが、奇跡的に本番3日前に膝痛を感じなくなり、本番は後脛骨筋腱炎での足首内側が少し痛くなったくらいで、後は何の問題もなく走れました。

終了後、ひとりだったので、自力で歩いて帰れるだろうかと不安でしたが、ふくらはぎの猛烈な筋肉痛以外は意外と大丈夫で、混雑した電車のために一度も座れなかったけれど、問題なく帰路に着くことができました。

そして、翌日驚くべきことが起きたのです。

全身筋肉痛なのは、予想通りだったのですが、膝痛の方の太ももだけがまったく筋肉痛にならなかったのです。

アンバランスな筋肉痛は走り方のフォームが悪いのだろうと疑わなければなりませんが、私には思い当たるフシがありました。

それは、膝痛の軽減のために毎日念入りに太ももをマッサージしていたということです。もちろん両太もも行っていましたが、どうしても痛い方を念入りに行っていました。

今回のこの筋肉痛で、いかに日ごろのストレッチやマッサージが大切かということを身を持って感じた訳です。そんなの常識!と思われるかもしれませんが、なかなか続けられない人や効果を感じられない人が多いのも事実です。

結局、筋肉痛になった箇所も軽くて、翌日にはほとんど治っていました。ゆっくりとはいえ、42キロを走っている間に、ほとんど筋肉のダメージを感じなかったのも、毎日のストレッチとマッサージのおかげなのだと思いました。

しかし、他のことも分かりました。

膝痛は決して治ってなんかいなかったのです。

一時的に治まった理由は、アドレナリンだったのです。

奇跡的に3日前に膝痛が治まったのは、本番前の興奮によってアドレナリンが分泌されていただけで、「火事場の馬鹿力」状態だった訳です。

この状態はフルマラソン完走後、1週間続きました。マラソン先輩方によると3ケ月続くこともあるそうですが、私の場合、大会の次の日に個人的に不幸な出来事があったため、それどころじゃなくなり、フルマラソン完走の興奮に浸っていることができず、1週間程度で平常心に戻りました。

そして、フルマラソン完走後、10日ほどで練習を再開した時のことです。歩いている時には感じなかったのに、走り出した途端に強烈な膝の痛みを感じました。これは即走るのを中止しなければならないほどのレベルでした。

そうです。アドレナリンが切れたのです。これから本当の意味でフルマラソン後のダメージが出るのです。

初フルマラソンを通して分かったことは、

  • ストレッチとマッサージはパフォーマンスに大きな影響を与える。また、終了後のダメージに大きな差が出る。
  • 一定ペースを保つと楽に走れる
  • 余裕を持ったペースが結局はいい成績になる
  • アドレナリンで練習以上の力が出せる場合がある

でした。特に余裕を持ったペースというのが難しくて、はじめは元気なので皆につられて速く走ってしまいがちですが、いかに抑えるかがカギだと思います。

さて、このアドレナリンが切れて再発した膝痛ですが、今度は意外と簡単に治りました。次回は膝痛の再発とその対処をレポートしたいと思います。

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運動音痴ランナーの初フルマラソン

こんにちは。今日は、わたくし超運動音痴のFumeiが、初めてフルマラソンを完走した時のことを書きたいと思います。

本格的に大会をめざすようになって1年半。その間様々な故障に悩まされ、初フルマラソン当日3日前まで膝が痛かった状態での挑戦でした。

その時どのような実力かというと・・・

  • 5キロはギリギリ30分で走れる。
  • 10キロは1時間以内で走れない。
  • ハーフはベストが2時間27分

という、1年半も練習してきて信じられないくらいの成績です。というか練習しなくてもこれくらい軽く走れる人は大勢います。

まあ、こういった状態ですので、初めてのフルマラソンは大阪で行われた「寛平マラソン」になりました。この大会は時間制限も7時間と緩く、前後にもっと主要な大会が多いので、実力者は出ないことと、抽選もないので誰でも出られることから、初心者向けの大会となっています。

コースは淀川河川敷を往復するルートで、景色の変化はありません。また、応援もほとんどなく、精神的には苦しいコースです。

「寛平マラソン」はご存じ芸人の間寛平がホスト役を務め、多くの吉本芸人さんが出場するお祭り的な大会です。

しかし、多くの有名芸人は10キロ以下の部に出場し、フルマラソンに出場するのはほとんど聞いたこともない芸人さんなので、スタート(ゴール)や折り返し付近以外はほとんどお祭りといった雰囲気はありません。

まあ、こういった大会での初フルマラソンでした。

今回、直前まで膝が痛かったこともあり、直前には痛み止めを服用しました。また、ゼリードリンクは5個も持っていきました。ドリンクも小さめのものを持ち、途中の給水トラブルにも備えました。

当日は緊張のためにお腹の調子が悪くなり、何度もトイレに行ったおかげか、スタート時間にはお腹もすっきりし、体調も万全でした。後は計画通りに走るだけです。

間寛平のスタートの合図とともに、一斉に走り出しました。私のスタート位置はなぜかわりと前の方で、ロスタイムはたった3分ほど。ただしそのため多くの速いランナーさんに迷惑を掛けてしまったと思います。

私は1キロ7分と決めていたので、はじめから飛ばすことなくこのタイムを守って走りました。当然どんどん抜かれていきました。しかしフルマラソンは未知の世界。ちょっと余裕があるくらいがいいだろうと絶対にスピードを上げませんでした。

そんなかんじで20キロ付近まではずーーーーっと抜かれ続けました。しかし、20キロを過ぎたあたりからメンバーが固定し始めました。

私はやや疲れ始め、1キロ7分半くらいになっていましたが、膝もまだ痛くならず、給水以外は止まらず、ずっと走り続けていました。一方まわりのメンバーは歩いたり走ったりを繰り返している人がほとんどでした。

やがて、30キロ付近に到達しました。30キロというと、30キロの壁と言われるように、ちょうどガクっとペースダウンしたり、1歩も動けなくなってしまったりと、多くのランナーが体験しているフルマラソン完走の大きな壁となるあたりなのですが、これも一般の人向けの話なのでしょう。初めからゆっくりペースの私にはまったく関係のない話でした。

いや、むしろ元気になってきて、少しペースが上がったりもしました。その頃には固定メンバーもとっくの昔に後ろの方に行ってしまい、周りはほとんど歩いていました。

ここからはどんどん抜かすのみでした。そうすると見覚えがあるTシャツの人など、かなり初期の頃に抜かされた時に見た人がたくさんいました。そういう人々を抜かすうちにどんどんテンションが上がっていって、周りがほとんど歩いていたとしても、歩こうという気持ちにはなりませんでした。

ただ、膝はまだ大丈夫だったけど、後脛骨筋腱炎のためにくるぶしのあたりが痛みだして、時々立ち止まってマッサージを入れながら走りました。

40キロ付近に到達しました。時計を見るとスタートから5時間ちょっと。目標は5時間半。もしかしてこれはいけるかもと思ったら元気になり、スピードアップ。

そして無事ゴール!5時間21分でした。

こんな私でもできました!自慢できるようなタイムではありませんが、学生時代、万年マラソン大会ビリの私が出した記録としては、奇跡のようです。

分析すると、これくらいのタイムの人は大体が途中歩いています。だから歩かなければもっと速いタイムを狙える人なのですが、色々な理由で走り切れないのでしょう。

一方、私は給水とマッサージに立ち止まった以外はまったく歩きませんでした。しかし、遅くても走り続ければ、結局は走るのが速くても歩いた人と同じタイムになるのだということが分かりました。しかもダメージも少なく、苦しい思いをすることもありませんでした。

いかに一定ペースで走ることが大切かを思い知らされました。

マラソン本やベテランランナーさんのアドバイスは、結局は上級者向けのもの。上級者には思ってもみないことができない運動音痴なので、これからも運動音痴なりのトレーニングでより向上を目指します。

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